放駒部屋の現在と歴代の軌跡|元魁傑の遺産と玉乃島体制の全貌
大相撲の歴史において「放駒」の看板は、昭和から平成、そして令和の角界に至るまで、常に特別な重みとクリーンな気風を象徴してきました。「クリーン魁傑」と称された元大関・魁傑(第11代日本相撲協会理事長)が一代で横綱・大乃国を育て上げた名門は、一度の閉鎖を経て、元関脇・玉乃島の手によって見事に再興を果たしています。
近年では幕内で躍進を続ける一山本や島津海といった個性豊かな実力派力士を輩出し、二所ノ関一門の中核として存在感を高める放駒部屋。かつての名門がいかにして蘇り、どのような師弟関係と稽古環境のもとで進化を遂げているのか、最新の所属力士データや関係者取材の知見を交えてその全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:元大関・魁傑が創設した初代放駒部屋の精神は、2021年末に元関脇・玉乃島(18代放駒)が旧二所ノ関部屋を継承・改称する形で令和に完全復活を遂げた。
- 要点2:幕内で鋭い突っ張りを武器に上位を脅かす一山本や、力強い押し相撲の島津海など、関取衆を中心に活気ある土俵を展開している。
- 要点3:東京都足立区六町の本拠地では、伝統的な猛稽古と現代的な個別指導を融合させた育成が進み、角界きっての好感度と実力を誇る部屋へと定着している。
【歴史と再興の経緯】元大関魁傑の魂を受け継ぐ放駒部屋の誕生秘話
放駒部屋の源流を語る上で欠かせないのが、創設者である17代放駒(元大関・魁傑、本名:西森輝門)の存在です。花籠部屋から独立して1981年2月に立ち上げられた放駒部屋は、弟子に対する徹底した禁煙・禁酒の厳格な生活指導と、理詰めの猛稽古で知られました。その結晶として誕生したのが、第62代横綱・大乃国(現・芝田山親方)です。
師匠としての大乃国育成のみならず、17代放駒は日本相撲協会の理事長として角界の不祥事改革や公益財団法人への移行に身を捧げました。しかし、2013年2月に迎えた17代の停年(定年退職)に伴い、後継者の不在から部屋は一旦閉鎖。所属力士や床山らは芝田山部屋や峰崎部屋などへ移籍し、名門の歴史は一時途絶えることとなりました。
この名跡を受け継いだのが、二所ノ関部屋付き親方として後進の指導に当たっていた元関脇・玉乃島(18代放駒、本名:新宅新助)です。2021年12月、当時の二所ノ関親方(元大関・若嶋津)の停年直前に伴う名跡変更と部屋継承が行われました。元横綱・稀勢の里が「二所ノ関」の名跡を襲名して茨城県に新たな二所ノ関部屋を開設する一方、既存の二所ノ関部屋の施設と所属力士を18代放駒がそのまま引き継ぎ、看板を「放駒部屋」へと改称。ここに名門・放駒部屋の劇的な再興が果たされました。

【2026年最新データ】放駒部屋の基本情報・所属力士一覧と成績推移
再興以降、着実に関取を育て上げている放駒部屋の組織基盤と最新の戦力状況は以下の通りです。土俵上での勝負強さと、メディアやファン対応の誠実さが高い評価を集めています。
| 項目 | 詳細・数値データ | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 師匠・名跡 | 18代放駒(元関脇・玉乃島) | 元三役以上の実力者が継承 | 温厚な人柄と鋭い勝負勘を併せ持ち、力士との対話を重視する名指導者。 |
| 部屋所在地 | 東京都足立区六町4丁目(旧二所ノ関部屋施設) | 都内東部・下町エリアに集中 | つくばエクスプレス六町駅から徒歩圏内。稽古場設備も充実した好環境。 |
| 所属一門 | 二所ノ関一門 | 五大一門の主要勢力 | 連合稽古など一門内の切磋琢磨が活発で、上位力士との対戦機会も豊富。 |
| 主な主力力士 | 一山本(幕内上位)、島津海(幕内経験)ほか若手多数 | 関取在籍率 15〜25%程度 | 関取陣の活躍が部屋全体の士気を引き上げ、幕下以下の有望株も急成長中。 |
特筆すべきは、看板力士である一山本の存在です。公務員から角界入りした異色の経歴を持ち、元師匠譲りの長身を活かした強烈なもろ手突きと引き技で幕内上位に定着。土俵下での明るいインタビューやSNSでの親しみやすさも相まって、相撲ファンから絶大な支持を集めています。また、鹿児島出身の島津海も重厚な立ち合いと粘り強い四つ相撲で幕内復帰と三役進出を狙える位置につけており、部屋の屋台骨を支えています。
歴代親方の交代劇と二所ノ関一門における立ち位置
相撲界における「名跡継承」と「部屋の引き継ぎ」は、複雑な人間関係や一門内のパワーバランスが絡み合うデリケートなテーマです。放駒部屋の再興に至るプロセスも、大相撲界の組織再編の歴史を象徴する劇的な転換点でした。
かつて二所ノ関部屋を率いた元大関・若嶋津(元松ヶ根親方)は、昭和の大相撲ブームを支えた大スターでした。若嶋津の停年が迫る中、名門「二所ノ関」の看板を誰が継ぐのかという問題が浮上しました。そこで抜擢されたのが、現役引退後に指導者として高い信望を集めていた第72代横綱・稀勢の里(当時・荒磯親方)です。
稀勢の里が「二所ノ関」を襲名して新たな拠点を構えることになった際、既存の部屋施設と弟子たちをそのまま受け止める責任者として白羽の矢が立ったのが、当時部屋付きだった元関脇・玉乃島でした。玉乃島は保有していた「放駒」の名跡をそのまま部屋名に冠することで、「旧二所ノ関部屋の設備・弟子」と「由緒ある放駒の看板」をドッキングさせ、円満かつ合理的な形で新生・放駒部屋を誕生させたのです。

【実態検証】放駒部屋の朝稽古見学とネットの評判・現場のリアル
放駒部屋の稽古場には、玉乃島親方の指導哲学が色濃く反映されています。土俵上で怒声が飛び交う旧来型のスタイルとは一線を画し、力士各自の骨格や相撲スタイルに合わせた緻密なアドバイスが飛ぶ現場の雰囲気は、相撲関係者の間でも「非常に風通しが良く、近代的な指導体制」と評されています。
朝稽古の見学に関しては、一般的なファンに向けて以下のような運用がなされています。
【朝稽古見学の現状とルール】
本場所前や巡業期間外において、後援会会員向けの優先見学会や、近隣住民・一般ファン向けの事前受付が不定期で実施されています。見学の際は、稽古場内での私語厳禁、写真・動画撮影のルール厳守(親方や力士の集中を妨げない配慮)、携帯電話のマナーモード設定など、角界の伝統的な礼儀作法が求められます。
ネット上の反応や相撲ファンの声を検証すると、以下のような意見が多数を占めています。
- 「一山本の立ち合いのスピードと突っ張りの破壊力は、放駒親方の徹底した反復指導の賜物。」
- 「玉乃島親方の解説は土俵の心理戦を論理的に言語化してくれるが、部屋の指導も同じく非常に理知的だと感じる。」
- 「所属力士たちの仲の良さと、土俵上での真剣勝負のギャップが魅力的で、応援したくなる部屋筆頭。」
一般に知られていない盲点とネットの誤解
相撲ファンの間で時折見られる誤解として、「現在の放駒部屋は、元横綱・大乃国の芝田山部屋とどのような関係にあるのか」という疑問があります。
歴史的な整理として、元大関魁傑の17代放駒が育てた直弟子が大乃国であり、大乃国は自らの部屋として「芝田山部屋」を創設しました。17代放駒の停年時に所属していた力士たちは芝田山部屋へ合流したため、「血統・系譜としての直系」は芝田山部屋に引き継がれました。
一方、現在の放駒部屋は、名跡「放駒」を受け継いだ元関脇・玉乃島が旧二所ノ関部屋を改称して再興したものです。したがって、創設者・魁傑が掲げた「相撲道への真摯な精神と厳格な規律」という理念を共有しつつも、組織的なルーツは二所ノ関部屋の基盤を受け継いでいるという二面性を持っています。この歴史的グラデーションを把握しておくことが、現在の放駒部屋を正しく理解する鍵となります。
【プロの結論】名門の看板を背負う組織マネジメントと応援の基準
相撲部屋の運営において、名跡の継承は単なる名称の引き継ぎにとどまりません。過去の名横綱・名大関が築き上げた「看板の格式」と、現代の若手力士たちに適した「育成環境のアップデート」をいかに両立させるかが問われます。
18代放駒(玉乃島)の卓越した手腕は、伝統の重圧に押し潰されることなく、所属力士の自主性と個性を最大限に伸ばす環境を整えた点にあります。押し相撲のスペシャリストを揃え、土俵外では親しみやすいキャラクターを発信しつつ、本場所では上位を脅かす鋭い相撲を見せる姿勢は、令和の相撲部屋経営の理想的なモデルケースと言えます。
【放駒部屋の応援・注目に向いている人】
・突き押し相撲の豪快さとスピード感を愛するファン
・一山本をはじめとする個性豊かで発信力のある力士を応援したい人
・師弟の信頼関係に基づいたクリーンな相撲界の進化を見届けたい人

【放駒部屋】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:放駒部屋の正確な所在地とアクセス方法は?
A1:東京都足立区六町4丁目に所在します。つくばエクスプレス「六町駅」から徒歩数分の立地にあり、旧二所ノ関部屋の施設を継承して使用しています。
Q2:一般のファンでも朝稽古を見学することはできますか?
A2:稽古見学は後援会員向けが中心ですが、時期や状況に応じて事前予約や近隣向けの公開が行われる場合があります。訪問前には必ず公式案内等を確認し、無断での立ち入りや稽古の妨げになる行為は厳禁です。
Q3:現在の師匠である玉乃島親方は現役時代どんな力士でしたか?
A3:元関脇・玉乃島は、兄である元十両・玉光国とともに角界入りし、左四つからの寄りや投げ、鋭い攻めを武器に三役で長く活躍した技能派力士でした。引退後は落ち着いた的確な解説でも親しまれています。
Q4:元大関魁傑の初代放駒部屋と現在の放駒部屋の違いは何ですか?
A4:初代は元魁傑が1981年に立ち上げ、第62代横綱・大乃国らを育てて2013年に定年閉鎖された部屋です。現在の部屋は、その名跡を継承した元関脇・玉乃島が2021年末に旧二所ノ関部屋を継承・改称して再興した部屋となります。
まとめ:伝統の重みと新世代の躍進が交差する放駒部屋の未来
元大関・魁傑が築いた清廉潔白な相撲道と、第62代横綱・大乃国を生み出した名門の栄光。その看板を受け継いだ18代放駒親方(元関脇・玉乃島)率いる現在の放駒部屋は、一山本や島津海といった看板力士の奮闘とともに、角界で確固たる地位を築き上げています。
師弟が一丸となって土俵に挑む真摯な姿勢と、現代的なオープンさを兼ね備えた放駒部屋。古き良き伝統を受け継ぎながら、新たな歴史を紡ぎ出すその躍進から今後も目が離せません。 (出典: 放 駒 部屋(Yahoo!ニュース))